プラントエンジニアリングの視点から見るCO2利用水素製造:技術、実装課題、経済性
はじめに:カーボンリサイクル型水素製造の重要性
再生可能エネルギー由来の電力を用いたグリーン水素製造は、脱炭素社会実現に向けた重要な手段の一つです。これに加え、排出されたCO2を回収・利用して水素と反応させ、合成燃料や化学原料、あるいは高純度な水素そのものを製造する技術、すなわちカーボンリサイクル型の水素製造も注目されています。特に、再生可能エネルギー由来の水素(または電力)と組み合わせることで、カーボンニュートラルあるいはネガティブなプロセスを構築できる可能性があります。
プラントエンジニアリングに携わる皆様にとって、このCO2利用水素製造は、従来の水素製造プロセスとは異なる技術要素やシステムインテグレーションの課題を伴います。本稿では、CO2利用水素製造の主要技術、プラントシステム構成、実装上の課題、経済性、およびプロジェクト遂行上の留意点について、プラントエンジニアリングの視点から解説いたします。
CO2利用水素製造の主要技術とプラント実装上の特徴
CO2利用水素製造にはいくつかの技術経路が存在しますが、代表的なものとして以下のプロセスが挙げられます。
1. 逆シフト反応(Reverse Water-Gas Shift, RWGS)を利用した一酸化炭素(CO)製造とCOからの水素製造
これは、回収したCO2と水素を触媒反応させることで、COと水を生成するプロセスです(CO₂ + H₂ ⇌ CO + H₂O)。生成したCOは、さらに水蒸気と反応させて水素を製造する水性ガスシフト反応(WGS)と逆方向の反応を利用します。この反応は吸熱反応であり、通常は高温(300℃以上)で進行します。プラントとしては、反応器、熱交換器、ガス分離・精製設備などが必要となります。高温での運転となるため、反応器材料や触媒の耐熱性・耐久性が重要になります。
2. 触媒によるCO2の直接還元
特定の触媒を用いて、CO2を直接水素と反応させてメタン(CO₂ + 4H₂ → CH₄ + 2H₂O)やメタノール(CO₂ + 3H₂ → CH₃OH + H₂O)などを合成する技術(サバティエ反応、メタノール合成など)も広く研究・実用化が進んでいます。これらは合成燃料(e-fuel)や化学品製造の範疇に含まれますが、広義にはCO2と水素を利用するプロセスです。これらのプロセスでは、触媒の選定と活性・選択性の最適化が鍵となります。反応条件(温度、圧力)は触媒の種類や目的生成物によって異なりますが、一般的に数MPaの高圧下で運転されることが多く、耐圧機器の設計や高圧ガスの取り扱いに関する安全設計が不可欠です。
3. 固体酸化物電解セル(SOEC)を用いたCO2と水の共電解
SOECは高温(600〜850℃)で動作する電解技術であり、水(H₂O)だけでなくCO2も同時に電解することが可能です。水とCO2の共電解を行うことで、水素(H₂)と一酸化炭素(CO)を混合した合成ガス(Syngas)を生成できます(H₂O + CO₂ + 電力 → H₂ + CO + O₂)。生成した合成ガスは、フィッシャー・トロプシュ合成などにより液体燃料を製造するための重要な中間原料となります。この技術の利点は、高温で動作するため、外部からの熱供給を排熱などで賄える場合にエネルギー効率が高くなる可能性がある点です。一方で、高温運転に伴う材料劣化、スタックの耐久性、そして高温熱源とのシステムインテグレーションが課題となります。
プラントシステム構成と実装上の課題
CO2利用水素製造プラントは、単に反応器だけでなく、複数のサブシステムから構成されます。
- CO2回収・精製システム: 排出源からのCO2を回収し、反応に適した高純度にする必要があります。回収方式(吸収法、吸着法、膜分離など)や精製に必要な設備(圧縮機、分離塔など)は、CO2排出源の濃度や不純物の種類によって大きく異なります。
- 水素供給システム: 再生可能エネルギー由来の水素製造装置(水電解装置など)や、他の水素供給源からの水素を受け入れるシステムです。水素の貯蔵・圧縮設備も必要に応じて含まれます。
- 反応・合成システム: 上記で述べたRWGS反応器や触媒反応器、SOECスタックなど、実際にCO2と水素を反応させる主要設備です。反応条件を維持するための熱交換器、加熱炉、冷却設備なども含まれます。
- 生成物処理・分離システム: 反応により生成した目的物質(CO、合成ガス、メタン、メタノールなど)や副生成物(水、未反応原料など)を分離・精製する設備です。蒸留塔、分離膜、吸着塔などが用いられます。
- ユーティリティ供給システム: プロセスに必要な電力(特に電解の場合)、熱(高温反応の場合)、冷却水、プロセス用水、計装空気などを供給するシステムです。
- 安全・環境対策設備: 可燃性・毒性ガスを取り扱うためのガス検知器、緊急遮断システム、圧力安全弁、フレアスタック、排水処理設備などが含まれます。
実装上の主要な課題としては、以下の点が挙げられます。
- 触媒性能と寿命: 高効率で耐久性の高い触媒の開発・選定が、運転コストと信頼性に大きく影響します。
- プロセスインテグレーション: 再生可能エネルギーからの電力・水素供給、CO2供給源、各反応・分離プロセス、そして生成物の貯蔵・輸送システムを効率的かつ安全に統合する設計能力が求められます。特に、再生可能エネルギーの出力変動に合わせた運転制御は複雑です。
- スケールアップ: 実証規模から商業規模へのスケールアップには、反応器設計、熱・物質輸送の最適化、設備の大型化に伴う課題(製造、輸送、据付)への対応が必要です。
- CO2供給の安定性と品質: 一定量かつ一定品質のCO2を安定的に供給できるかが、プラント稼働率を左右します。
- 安全性の確保: 水素とCO、場合によってはメタンやメタノールといった可燃性・毒性ガスを大量に取り扱うため、高圧ガス保安法をはじめとする関連法規に基づいた厳格な安全設計とリスク評価が不可欠です。
コストと経済性評価
CO2利用水素製造プラントの経済性は、以下の要因に大きく左右されます。
- 設備投資コスト(CAPEX): CO2回収・精製設備、水素製造設備、反応・分離設備など、各サブシステムのコスト合計となります。新規技術の場合、商業化初期は高額になる傾向があります。
- 運転コスト(OPEX):
- 原料コスト: 水素、CO2、触媒などの費用です。特に再生可能エネルギー由来の水素価格はLCOHに直結します。CO2の購入価格や輸送費も影響します。
- エネルギーコスト: 反応プロセスに必要な電力、熱などのユーティリティ費用です。特にSOECのような電解プロセスは電力コストが支配的となる可能性があります。
- メンテナンスコスト: 設備の定期・不定期メンテナンス、触媒交換などの費用です。
- 人件費、消耗品費など
- 生成物の価値: 製造された合成ガス、メタン、メタノールなどの市場価値が収益を決定します。
- CO2排出枠の価格や補助金制度: CO2利用による排出削減量がクレジットとして認められる場合や、政府の補助金制度は経済性を大きく改善する可能性があります。
LCOH(Levelized Cost of Hydrogen)やLCOS(Levelized Cost of Syngas)などの経済性指標を用いて評価を行う際は、これらの要因を網羅的に考慮し、前提条件を明確にすることが重要です。特に、CO2供給源の選定(濃度、量、不純物)、再生可能エネルギーの利用形態(グリッド接続か直接接続か、稼働率)、プラント規模、運転期間などを詳細に検討する必要があります。
プロジェクト遂行上の留意点
CO2利用水素製造プラントプロジェクトを遂行する上では、プラントエンジニアリングの総合的な知見が求められます。
- 技術選定とフィージビリティスタディ(FS): 複数ある技術経路の中から、目的とする生成物、利用可能なCO2排出源、再生可能エネルギーの供給条件などを考慮し、最適な技術を選定します。技術の成熟度、供給可能なメーカー、過去の実績なども重要な判断基準です。詳細なFSを通じて、技術的実現性、経済性、リスクを評価します。
- CO2供給源との連携: 製鉄所、化学プラント、火力発電所など、CO2排出源との連携が不可欠です。CO2の回収・輸送方法、供給量、濃度、不純物などを詳細に検討し、供給契約やインフラ整備計画を立てる必要があります。
- 再生可能エネルギー連携: 再生可能エネルギーの出力変動にプラント運転を追従させるための制御システム設計や、電力系統との接続・調整に関する課題を解決する必要があります。直接接続(ダイレクトカップリング)による高効率運転の可能性も検討します。
- 安全設計と許認可: 水素、CO、メタンなどの可燃性・毒性ガスを取り扱うため、国内外の厳格な安全基準(例: ASME Boiler and Pressure Vessel Code, API Standards, 国内の高圧ガス保安法など)に基づいた設計が必要です。地域の法規制や環境規制にも対応した許認可取得プロセスを計画的に進める必要があります。
- サプライヤー選定とグローバル調達: 主要設備(反応器、圧縮機、分離塔、特殊な触媒など)のサプライヤー選定は、技術力、実績、品質、納期、コスト、アフターサービスなどを総合的に評価して行います。グローバルなサプライチェーンを構築する場合、物流、関税、為替リスクなども考慮に入れる必要があります。
- 建設・据付: 大型機器の輸送、現地での組立・据付、配管・電気計装工事など、大規模プラント建設特有の課題への対応が求められます。特に、新規技術や大型化に伴うリスクを管理することが重要です。
結論:カーボンリサイクル型水素製造の将来とプラントエンジニアリングの役割
CO2利用水素製造技術は、再生可能エネルギー由来の水素と組み合わせることで、カーボンニュートラル燃料や化学品製造への道を開き、産業界全体の脱炭素化に貢献する可能性を秘めています。様々な技術経路が存在し、それぞれに技術的・経済的な課題がありますが、研究開発と実証が進むにつれて、より効率的で経済的なプラントシステムの実現が期待されます。
プラントエンジニアリング企業は、これらの個別技術を統合し、安全で信頼性が高く、経済的に成立する大規模プラントとして具現化する上で、極めて重要な役割を担います。技術選定、システム設計、機器調達、建設、試運転、そして運用・メンテナンスに至るまで、総合的なプロジェクトマネジメント能力と高い技術専門性が求められます。
今後、CO2利用水素製造プラントの社会実装が進むにつれて、克服すべき課題も明らかになるでしょう。しかし、これらの課題に対し、これまでに培ったプラントエンジニアリングの知見と経験を最大限に活かすことで、持続可能な社会の実現に貢献できると確信しています。