再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおけるグリーン水素認証の実務:要求事項、トレーサビリティ技術、国際動向
はじめに
再生可能エネルギーを用いた水素製造、いわゆるグリーン水素は、脱炭素社会実現に向けた主要な選択肢の一つとして注目されています。しかし、「グリーン水素」と称するためには、その製造プロセスにおいて使用される電力が確かに再生可能エネルギー由来であること、そして温室効果ガス(GHG)排出量が一定の基準を満たすことが証明される必要があります。この証明プロセスがグリーン水素認証であり、その信頼性を担保する技術がトレーサビリティです。
プラントエンジニアリング企業の技術者やマネージャーの皆様にとって、グリーン水素製造プラントの企画・設計・建設・運用においては、単に技術的な性能だけでなく、将来的に製造される水素が市場で「グリーン」として認識され、適切な価値で取引されるための認証要件を満たすことが不可欠です。本稿では、グリーン水素認証の基本的な要求事項、それを担保するためのトレーサビリティ技術、および実務上の留意点と国際的な動向について解説します。
グリーン水素認証の重要性と基本的な要求事項
グリーン水素認証は、製造された水素が定義された環境基準(主にGHG排出量削減基準)を満たすことを第三者が証明するものです。これにより、水素購入者は自社が利用する水素が環境負荷の低いものであることを保証され、供給者は市場における競争力とプレミアム価値を獲得することができます。
認証スキームは世界的に多様化していますが、共通する主要な要求事項としては以下が挙げられます。
- 再生可能エネルギー由来の電力使用: 水電解法の場合、使用される電力の全てまたは一部が再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)由来であることの証明が必要です。これは電力の調達方法(PPA、自己託送、証書購入など)によって証明方法が異なります。
- GHG排出量削減基準: 水素製造のライフサイクル全体(原料採取、製造、輸送など)におけるGHG排出量が、化石燃料由来の水素製造と比較して一定割合以上削減されていること。具体的な削減率は認証スキームや政策によって異なります(例: EUのRED II指令では90%削減など)。
- Additionality(追加性): 新たに再生可能エネルギー発電設備を導入し、その電力を水素製造に直接供給していること、またはそれに準じる貢献をしていることを求める場合があり、これは市場への再エネ導入を促進する観点から重要視されています。
- 時間的・空間的相関: 再生可能エネルギー発電量と水素製造量が時間的・空間的に高い相関を持つことを求める認証スキームが登場しています。例えば、30分毎、1時間毎といった短い時間単位での相関や、地理的に近い場所での再エネ発電と水素製造を要求するものです。これは、再エネ電力の「現物」が水素製造に利用されたことをより厳密に証明するためのものです。
これらの要求事項は、プラントの設計段階から電力調達計画、運転戦略に至るまで、プロジェクト全体に大きな影響を及ぼします。
トレーサビリティ技術の役割と実装
グリーン水素認証の信頼性は、製造プロセスで使用されたエネルギー源や原料に関する情報が、サプライチェーン全体を通じて透明かつ改ざん不能な形で追跡可能であるかどうかにかかっています。これを実現するのがトレーサビリティ技術です。
主要なトレーサビリティ手法
- 証書システム: 再生可能エネルギー由来の電力量や、特定の環境基準を満たした水素量に対して発行される電子的な証明書(例: 非化石証書、再生可能エネルギー由来証明書、水素認証証書)。これらの証書を売買・移転することで、環境価値の取引と追跡を行います。
- 質量均衡法 (Mass Balancing): ある期間内(例: 1年間)にシステムに投入された再生可能エネルギー由来の電力量と、製造されたグリーン水素量との間でバランスを取る方法です。比較的運用は容易ですが、時間的・空間的な相関の厳密性は低くなります。
- 属性追跡 (Attribute Tracking): 再生可能エネルギー発電設備と水素製造設備の物理的な接続や、時間単位での発電量・消費量を詳細に記録・追跡する方法です。特に時間的・空間的相関を厳密に証明する際に用いられます。
- デジタル台帳/ブロックチェーン: 分散型台帳技術であるブロックチェーンを用いることで、電力供給データ、水素製造量、GHG排出量、証書発行・移転履歴などを記録し、その透明性・改ざん防止性を高めることができます。これにより、サプライチェーン全体での情報共有と追跡が効率的に行える可能性があります。
プラント実務におけるトレーサビリティ実装の留意点
プラント運営の観点からは、高精度な計測システムとデータ管理基盤の構築が不可欠です。 * 計測: 電力メーター(再エネ由来、系統由来)、水素流量計、水流量計、運転データ(温度、圧力、稼働時間)など、認証要件を満たすために必要な各種データを正確に計測できる設備を選定し、設置する必要があります。特に、時間的相関が求められる場合は、高頻度でのデータ収集・記録が求められます。 * データ管理: 収集したデータを一元管理し、認証機関への提出やトレーサビリティシステムへの連携に利用できるデータ管理システムを構築します。データの長期保存とセキュリティも重要です。 * システム連携: 再生可能エネルギー発電設備(隣接またはPPA供給元)とのデータ連携、電力系統事業者からのデータ取得、認証システムや取引プラットフォームとの連携インターフェース設計が必要となる場合があります。 * 第三者監査: 認証取得のためには、プラントの設備、運用状況、データ管理体制などが認証スキームの要求事項を満たしていることを第三者監査機関が検証します。監査に対応できる文書化と体制整備が求められます。
国際的な認証制度の動向と実務への影響
グリーン水素の国際的な流通が進むにつれて、世界中で様々な認証スキームが提案・運用されています。EUのRED II指令に基づく再エネ燃料基準、米国におけるクリーン水素税額控除(45V)の要件、CertifHyのような民間認証スキーム、各国の国内認証制度などが並立しています。
これらの制度間で要求事項が異なる(特にAdditionalityや時間的・空間的相関の厳格性、ライフサイクルGHG排出量の算定方法など)ことが、国際取引における課題となっています。異なる認証制度間の相互承認に向けた議論が進められていますが、標準化には時間を要する見込みです。
プラント事業者は、製造した水素の販売先や輸出先の規制・認証要件を事前に把握し、それに対応可能な設計・運用体制を構築する必要があります。特に、厳格な時間的・空間的相関を求める市場への供給を目指す場合は、プラントの運転柔軟性(再エネ出力変動への追随能力)や電力供給インフラとの連携が設計上の重要課題となります。
まとめ
再生可能エネルギー連携水素製造プラントの事業化においては、技術的な実現性や経済性評価に加え、製造する水素がグリーン水素として市場で認められるための認証要件への対応が不可欠です。グリーン水素認証は、単に環境価値を証明するだけでなく、プラントの設計思想、設備選定、運用計画、データ管理体制など、プロジェクト全体に影響を及ぼす要素です。
プラントエンジニアリングの実務においては、各種認証スキームの要求事項を深く理解し、Additionalityや時間的・空間的相関といった要件がプラントのシステム設計や運用戦略にどのように影響するかを評価することが重要です。また、信頼性の高いトレーサビリティシステムを構築し、認証に必要なデータを正確かつ効率的に管理・報告できる体制を整備する必要があります。
今後、グリーン水素市場の拡大とともに認証制度はさらに整備・統合されていくと予想されます。最新の国際動向を常に把握し、変化する市場ニーズと規制環境に対応できる柔軟かつ堅牢なプラントシステムを構築することが、再生可能エネルギー連携水素製造事業の成功の鍵となるでしょう。