プラントエンジニアリング視点から見た再エネ連携水素製造プラントの実行可能性調査(FS):検討項目と実務的アプローチ
はじめに
再生可能エネルギー(再エネ)由来の水素製造、いわゆるグリーン水素は、脱炭素社会実現に向けた重要な要素技術として世界的に注目を集めています。大規模な再エネ連携水素製造プラントの建設計画において、プロジェクトの初期段階で実施される実行可能性調査(Feasibility Study, FS)は、その成否を左右する極めて重要なフェーズです。この段階で、プロジェクトの技術的、経済的、環境的、法的、そして運用上の実行可能性を多角的に評価し、リスクを特定・評価するとともに、次フェーズ(基本設計(FEED)等)に進むための確固たる根拠を構築します。
本記事では、「Renewable H2 Tech Journal」のターゲット読者であるプラントエンジニアリング企業の技術者・マネージャーの皆様に向けて、プラントエンジニアリングの視点から、再エネ連携水素製造プラントの実行可能性調査において考慮すべき主要な検討項目と、実践的なアプローチについて解説します。
実行可能性調査(FS)の目的と位置づけ
FSの主な目的は、計画している再エネ連携水素製造プラントが、定められた目的(水素製造量、品質、用途、コスト目標など)を達成し、かつ技術的、経済的、その他の制約条件内で実現可能であるかを客観的に評価することです。
FSは通常、コンセプト段階の後、基本設計(FEED)の前に実施されます。この段階では、概念設計レベルでの検討を行い、主要な技術や設備構成の選択肢を絞り込み、プロジェクトの概算コストやスケジュール、主要なリスクを把握します。FSの成果は、投資判断を行うための基礎情報となり、プロジェクトを次のフェーズに進めるかどうかの重要な意思決定に繋がります。
プラントエンジニアリング視点からの主要検討項目
再エネ連携水素製造プラントのFSにおいて、プラントエンジニアリングの観点から特に重要な検討項目は以下の通りです。
1. 技術評価・選定
複数の技術オプションの比較検討はFSの中心的な作業の一つです。特に水電解技術については、アルカリ水電解(AEL)、PEM水電解(PEMEL)、固体酸化物形水電解(SOEC)などが主要な選択肢となります。それぞれの技術について、以下の実務的な観点から評価を行います。
- 成熟度と実績: 大規模化の実績や商業運転における信頼性。
- 効率: 電力消費量(kWh/kg H2)や総合エネルギー効率。再エネ変動への対応性(応答速度)も重要です。
- コスト構造: 初期投資(CAPEX)と運転コスト(OPEX)のバランス。スケールによるコストメリット。
- 運転条件: 運転圧力、温度、必要な水質など。
- メンテナンス性: 運転寿命、交換頻度、メンテナンスの容易さ。
- システムインテグレーション: 再エネ電源や後段プロセス(圧縮、貯蔵、輸送、利用)との連携の容易さや、電力系統との接続要件。
CO2利用水素製造やメタン分解などの他の水素製造技術についても、プロジェクトの目的や立地条件に応じて比較検討の対象となる場合があります。
2. サイト選定と評価
プラントの立地は、再エネ資源へのアクセス、電力・水インフラ、水素輸送インフラ、土地利用規制、環境条件など、多くの要因に影響されます。FSでは、複数のサイト候補地について以下の点を評価します。
- 再エネ資源ポテンシャル: 太陽光、風力などの資源量、変動特性、年間発電量予測。
- 電力系統への接続性: 接続容量、安定性、送電ロスの影響。
- 水資源: 必要な水量の確保、水質、水処理要件。
- 輸送インフラ: 製造された水素の輸送方法(パイプライン、トレーラー、船舶など)と既存インフラへの接続性。
- 土地利用: 土地の利用可能性、地盤条件、必要な敷地面積。
- 環境・社会影響: 生態系への影響、騒音、景観、地域住民との関係。
- 法規制・許認可: 建設や運用に関する地域の法規制、必要な許認可の種類と取得難易度。
3. システム構成とバランス・オブ・プラント(BOP)
電解槽だけでなく、プラント全体を構成するBOPの設計・選定もFSの重要な要素です。
- 電力システム: 再エネ電源、変電設備、パワーコンディショナー(PCS)、電力系統への接続点。再エネの出力変動に対応するためのPCSの性能や制御戦略の検討。
- 水素後処理システム: 水素の冷却、乾燥、精製、圧縮。用途に必要な水素品質に応じた設備選定。
- 貯蔵・輸送システム: バッファータンク、長期貯蔵設備、出荷設備。
- 水処理システム: 原水の供給、精製(純水製造)、排水処理。電解槽の要求水質を満たすための適切な技術選定。
- ユーティリティ設備: 冷却水システム、窒素供給、計装用空気、消火設備など。
- 安全システム: 水素検知器、換気システム、緊急遮断システム、火災報知・消火設備など、高圧ガスプラントとしての安全設計の基本的な考え方。
- 制御システム: プラント全体の自動運転、監視、データ収集のための計測制御システム(ICS)の構成案。再エネ変動に追従する運転制御戦略。
BOPはCAPEXにおいて大きな割合を占めることが多く、その設計・選定はプラント全体のコストと効率に大きく影響します。
4. コスト試算と経済性評価
FS段階でのコスト試算は概算レベルですが、プロジェクトの経済性を評価し、投資判断の基礎とするために不可欠です。
- CAPEX (Capital Expenditure): 主要設備(電解槽、PCS、圧縮機、貯蔵設備等)、BOP設備、建設工事費、設計費、許認可費用、間接費などを積み上げます。技術方式や規模、立地条件によるCAPEXの違いを評価します。
- OPEX (Operating Expenditure): 主に電力費、水費、消耗品費、メンテナンス費、人件費、管理費、保険料などを試算します。再エネ電力の調達方法(直接購入、PPA等)や変動価格、稼働率がOPEX、特に電力費に大きく影響します。
- LCOH (Levelized Cost of Hydrogen): プロジェクトのライフサイクル全体にわたる総コストを総水素製造量で割ったもので、水素の製造コストを示す主要な指標です。CAPEX、OPEX、稼働率、運転寿命、資金調達コストなどの影響を評価し、感度分析を実施します。
経済性評価においては、再エネ価格の変動、プラントの稼働率、将来の水素価格、補助金や税制優遇などの外部環境要因も考慮する必要があります。
5. リスク評価
プロジェクトの初期段階で潜在的なリスクを特定し、その影響と発生確率を評価することは非常に重要です。
- 技術リスク: 未成熟技術の採用、技術仕様の未確定、設備性能の不確実性など。
- 市場リスク: 将来の水素需要や価格の変動、競合プロジェクトの出現など。
- 建設リスク: サイト条件の課題、サプライヤーの選定、建設遅延、コスト超過など。
- 運用リスク: 設備トラブル、メンテナンス計画の不備、再エネ出力の変動、想定外のOPEX増加など。
- 法規制・許認可リスク: 規制の変更、許認可取得の遅延や不許可。
- 環境・社会リスク: 環境アセスメントの結果、地域住民の反対など。
FSではこれらのリスクを洗い出し、実現可能性に大きな影響を与えるリスクについては、対策の方向性を検討します。
実行可能性調査の実践的アプローチ
FSを効果的に進めるためには、以下の点を実践的に考慮することが重要です。
- 多分野横断的なチーム体制: プラントエンジニアリングだけでなく、再エネの専門家、市場調査、環境、法務、財務など、多様な専門性を持つメンバーによるチームを編成し、密接な連携を図ることが不可欠です。
- 信頼できる情報の収集: 技術ベンダーやサプライヤーからの情報、過去のプロジェクト事例、公的研究機関のデータ、規制当局からの情報など、信頼性の高い情報源からデータを収集・分析します。
- ベンダーとの初期協議: 主要な技術や設備(特に電解槽、PCS、圧縮機など)について、複数のベンダーと早期に協議を行い、技術仕様、コスト、納期の概略情報を入手します。
- サイト候補地の予備調査: サイト候補地については、机上調査に加え、必要に応じて現地を訪問し、インフラや環境条件を概略的に確認します。
- 継続的なリスク特定と評価: プロジェクトの検討が進むにつれて、新たなリスクが顕在化したり、既存のリスク評価が変化したりします。FS期間中、継続的にリスクを特定、評価、対策を検討するプロセスを組み込みます。
結論
再生可能エネルギー連携水素製造プラントの実行可能性調査は、技術、コスト、立地、リスク、法規制など、多岐にわたる要素を統合的に評価する複雑なプロセスです。プラントエンジニアリング企業は、このFSにおいて、単なる技術原理の説明に留まらず、プラントの設計、建設、運用といった実務的な視点から、現実的な課題と向き合い、実現可能な解を見出す役割を担います。
本記事で述べた主要な検討項目と実践的なアプローチは、FSを効果的に進めるための出発点となるでしょう。FSの成果は、プロジェクトのその後の成功に直結します。 thoroughness (徹底性)、 integration (統合性)、 realism (現実性) をもってFSに臨むことが、不確実性の高い新規プロジェクトを軌道に乗せる鍵となります。