プラント導入・運用視点から見る再生可能エネルギー連携水電解技術(AEL, PEM, SOEC)の比較評価
はじめに
再生可能エネルギー由来の電力を用いた水素製造、いわゆるグリーン水素製造は、脱炭素社会実現に向けた重要な技術分野として注目されています。特に、太陽光発電や風力発電といった変動性の高い再生可能エネルギー(RE)と連携した大規模な水素製造プラントの実現は、今後のエネルギーシステム構築において不可欠な要素となります。
グリーン水素製造の中核を担う技術が水電解です。水電解技術には、主にアルカリ水電解(AEL)、プロトン交換膜水電解(PEMEL)、固体酸化物形水電解(SOEC)の3つの主要な方式があります。これらの技術はそれぞれ異なる原理、特性、成熟度を持ち、プラントの設計、建設、運用、そして経済性に大きく影響します。
本稿では、再生可能エネルギー連携水素製造プラントの企画・実行に携わる技術者・マネージャーの皆様に向けて、AEL、PEMEL、SOECの主要な水電解技術について、単なる原理説明に留まらず、実際のプラント導入および運用を想定した実践的な視点から比較評価を行います。各技術の実用上の特徴、コスト構造、システムインテグレーションにおける適合性、安全性、成熟度などに焦点を当て、技術選定の判断材料を提供することを目指します。
主要水電解技術の概要と実用上の特徴
水電解技術は、水を電気分解して水素と酸素を生成する技術です。電解質の種類や動作温度によって、主な方式が分類されます。
1. アルカリ水電解 (Alkaline Water Electrolysis, AEL)
- 概要: 古くから実用化されている最も成熟した技術です。水酸化カリウム(KOH)などの水溶液を電解質として使用し、比較的大規模なシステム構築に適しています。
- 実用上の特徴:
- 成熟度とコスト: 技術的に確立しており、導入コスト(CAPEX)が他の方式に比べて比較的低い傾向にあります。製造実績も豊富で、大規模なサプライヤーが多く存在します。
- 効率: 比較的高い効率を実現していますが、後述のPEMELやSOECに比べると若干劣る場合があります。
- 運転温度・圧力: 比較的低い温度(50~80℃程度)で運転されます。圧力は常圧または数 MPa 程度での運転が一般的ですが、最近では高圧運転可能なシステムも開発されています。
- 応答性: 負荷変動に対する応答速度は、PEMELに比べると遅い傾向があります。これは、電解槽内の電解液の量や温度安定性の要求によるものです。再生可能エネルギーの急峻な出力変動への追従には、システムの設計や制御に工夫が必要です。
- メンテナンス性: 長時間の運転実績があり、メンテナンス方法も確立されています。ただし、電解液の管理や電解槽の定期的な交換が必要となる場合があります。
- 純度: 製造される水素ガスは、水分や電解液ミスト、微量の酸素を含むため、高純度が必要な用途には別途精製設備が必要となる場合があります。
2. プロトン交換膜水電解 (Proton Exchange Membrane Water Electrolysis, PEMEL)
- 概要: 固体高分子膜(プロトン交換膜)を電解質として使用する比較的新しい技術です。コンパクトで高効率、高い応答性が特徴です。
- 実用上の特徴:
- 応答性: 数秒から数十秒といった非常に速い応答速度を持ち、再生可能エネルギーの急峻な出力変動に追従しやすい特性があります。系統安定化サービスへの貢献も期待されます。
- 効率: 比較的高い電流密度で運転でき、高効率を実現します。
- 運転温度・圧力: 比較的低い温度(50~80℃程度)で運転されますが、高圧(30 MPa 以上)での水素製造が比較的容易です。これにより、圧縮工程の負荷を軽減できます。
- コンパクト性: 高い電流密度のため、電解槽を小型化しやすい傾向があります。設置スペースの制約がある場合に有利です。
- 材料: 電極触媒に白金族金属(PGM)を使用することが一般的であり、これがコストやサプライチェーンのリスク要因となる場合があります。膜材も高価です。
- 成熟度とコスト: AELに比べると歴史は浅いですが、急速に技術開発が進んでいます。CAPEXはAELより高い傾向がありますが、量産効果によるコスト低減が期待されています。OPEXは高効率性やメンテナンス頻度によって変動します。
- 純度: 比較的高純度の水素が得られやすいですが、微量の酸素混入のリスクがあります。
3. 固体酸化物形水電解 (Solid Oxide Electrolysis Cell, SOEC)
- 概要: 高温で動作する固体酸化物電解質を使用する技術です。高温の熱や蒸気を利用することで、高いシステム効率を実現できる可能性があります。
- 実用上の特徴:
- 効率: 高温(700~900℃程度)で動作するため、電気分解に必要なエネルギーが少なく済み、非常に高い電気効率(理論効率に近い値)を実現できる可能性があります。特に、工場廃熱や原子力発電からの熱源が利用できる場合に有利です。
- 運転温度: 高温での運転が必要です。これにより、高温対応の材料やシステム構成が求められます。
- 原料: 水蒸気(H2O)だけでなく、二酸化炭素(CO2)を直接原料として使用し、一酸化炭素(CO)と水素(H2)の混合ガス(合成ガス)を製造することも可能です(共電解)。これは、CO2有効利用の観点から重要です。
- 成熟度とコスト: 3方式の中では最も新しい技術であり、大規模システムの実績はまだ限られています。CAPEXは現状では高い傾向にありますが、量産効果や技術進歩による将来的なコスト低減が期待されます。高温運転に伴う材料劣化や耐久性、起動停止特性などが技術課題として挙げられます。
- 応答性: 高温で動作するため、起動や停止に時間がかかり、負荷変動への応答性は低い傾向にあります。再生可能エネルギーの変動への直接追従よりも、安定した熱源との組み合わせや、ベースロード運転に適しています。
プラント導入・運用視点からの比較評価
これらの技術は、実際のプラント計画においてどのように評価すべきでしょうか。いくつかの重要な観点から比較します。
コスト構造 (CAPEX/OPEX)
- CAPEX (設備投資コスト):
- AEL: 最も成熟しており、単位容量あたりのCAPEXは現状で最も低い傾向にあります。スケールメリットも確立されています。
- PEMEL: AELより高い傾向がありますが、量産効果による急速なコスト低減が期待されています。触媒にPGMを使用することがコスト高の一因です。
- SOEC: 現状では最もCAPEXが高い技術ですが、将来的な技術開発や量産化によって大きく低減する可能性を秘めています。高温対応材料やシステム構成がコストに影響します。
- OPEX (運転コスト):
- 電力コスト: 水素製造コストの大部分を占めます。各技術の電気効率(kWh/Nm3 H2)が直接影響します。SOECは高温熱源が利用できれば最も電力消費効率が高い可能性があります。
- メンテナンスコスト: AELは実績が豊富ですが、電解液管理や部材交換が必要です。PEMELは比較的新しく、耐久性データが蓄積されつつあります。SOECは高温運転による材料劣化リスクや起動停止頻度がメンテナンスコストに影響します。
- 原料コスト: 純水のコストが主ですが、AELは電解液(KOHなど)、PEMELは純水、SOECは純水または水蒸気と必要に応じてCO2です。
- 運転柔軟性: 再生可能エネルギー連携の場合、プラントの稼働率がOPEXに大きく影響します。応答性が高く、変動電力に追従しやすいPEMELは、高稼働率を維持しやすい可能性があります。
システムインテグレーションと運転柔軟性
再生可能エネルギー連携においては、電力供給の変動性への対応が重要です。
- AEL: 応答性は低いですが、大規模システムの安定稼働実績があります。系統側の安定化機能(蓄電池など)との組み合わせや、比較的変動の少ない再生可能エネルギー電源との連携、あるいは変動を許容できる運用モデルに適しています。
- PEMEL: 高い応答性を持ち、再生可能エネルギーの急峻な出力変動に直接追従する「グリッドフレンドリー」な運転が可能です。これは、電力系統の安定化に貢献したり、再生可能エネルギーを最大限に活用したりする上で大きな利点となります。
- SOEC: 高温運転のため応答性は低く、頻繁な起動停止には向きません。安定した再生可能エネルギー(例: 地熱発電)や、工場廃熱・原子力発電など常に利用可能な熱源との組み合わせ、あるいは電力系統の安定した部分を活用するベースロード運転に適しています。
安全性・信頼性
水素プラントの安全性設計は極めて重要です。
- 共通の課題: 水素の取り扱い(漏洩、着火、爆発リスク)、高圧ガスの管理、電気設備の安全性などが挙げられます。国内外の関連法規制(高圧ガス保安法、労働安全衛生法、建築基準法、消防法など)への適合が必須です。
- 技術固有のリスク:
- AEL: 電解液の取り扱い(腐食性)。
- PEMEL: 高圧運転、高電流密度によるシステムへの負荷。PGM触媒の使用。
- SOEC: 高温運転、高温材料の信頼性、熱サイクルによる劣化リスク。
- 信頼性: AELは長期運転実績による信頼性が高いです。PEMEL、SOECは技術開発と実証が進んでおり、信頼性向上のための取り組みが行われています。サプライヤーの技術力や実績の評価が重要になります。
技術選択の判断基準
どの水電解技術を選択するかは、プロジェクトの個別の条件に大きく依存します。
- プロジェクト規模: 大規模な設備が必要な場合は、実績が多くCAPEXが有利なAELが候補となります。小型分散型の場合は、コンパクトなPEMELが有利な場合があります。SOECの大規模化も進められています。
- 再生可能エネルギー源の特性: 変動が大きい場合はPEMELがシステム構築上有利ですが、他の技術でも蓄電池などとの組み合わせで対応は可能です。安定した熱源がある場合はSOECが最も高い効率を発揮できます。
- 要求される水素品質: 高純度が必要な場合は、純度管理の容易さや精製設備要否が判断材料となります。
- 設置場所の制約: 設置スペースが限られている場合は、コンパクトなPEMELが有利です。
- コスト重視 vs. 効率重視: 短期的なCAPEXを抑えたい場合はAEL、長期的なOPEX(特に電力コスト)を抑えたい場合や熱源が利用できる場合はSOEC、変動対応力と効率を両立したい場合はPEMELが候補となります。
- 技術の成熟度とリスク許容度: 実績を重視する場合はAEL、最新技術の導入に前向きであればPEMELやSOECも選択肢となります。
まとめ
再生可能エネルギー連携水素製造における水電解技術の選択は、プロジェクトの成功を左右する重要な決定です。アルカリ水電解(AEL)は成熟度とコストの優位性、プロトン交換膜水電解(PEMEL)は優れた応答性とコンパクト性、固体酸化物形水電解(SOEC)は高い効率とCO2利用の可能性という、それぞれ異なる強みと課題を持っています。
プラントの企画・設計においては、単一の技術の優劣を論じるだけでなく、プロジェクトの規模、利用可能な再生可能エネルギー源の特性、要求される水素品質、コスト目標、運転プロファイル、設置場所、および技術的なリスク許容度といった複合的な要素を詳細に検討し、最適な技術または技術の組み合わせを選択する必要があります。
今後も各水電解技術は技術開発が進み、特にコスト低減と耐久性・信頼性の向上が期待されています。最新の情報に基づき、各技術の実用的な特徴を深く理解することが、実現性の高い再生可能エネルギー連携水素製造プラントを構築するための鍵となります。