Renewable H2 Tech Journal

再エネ連携グリーン水素プラントにおける水素の高純度化と圧縮プロセス:技術選定、インテグレーション、運用上の実務

Tags: 水素精製, 水素圧縮, プラント設計, システムインテグレーション, 運用保守

はじめに:高純度・高圧水素の必要性と後段プロセスの重要性

再生可能エネルギー連携によるグリーン水素製造プラントにおいて、水電解によって製造された水素は、その後の利用形態に応じて適切な純度と圧力に処理される必要があります。燃料電池自動車や半導体製造などの高度な用途には非常に高い純度が求められ、また、貯蔵・輸送効率の観点から高圧化は不可欠です。電解槽は水素製造の核心部分ですが、プラント全体の性能、経済性、安全性、信頼性は、水素の高純度化(精製)および圧縮といった後段プロセスを含むバランス・オブ・プラント(BOP)の設計とインテグレーションに大きく依存します。

本稿では、プラントエンジニアリングの視点から、再エネ連携グリーン水素プラントにおける水素の高純度化と圧縮プロセスに焦点を当て、主要技術、技術選定の基準、システムインテグレーションの課題、そして運用上の実務的な留意点について解説します。これらの後段プロセスは、プラント全体のLCOH(Levelized Cost of Hydrogen)や運用柔軟性、安全性を決定づける重要な要素であり、プロジェクト計画・遂行において適切な技術選択とシステム設計が求められます。

水素の高純度化(精製)技術

水電解プロセス、特にPEM(プロトン交換膜)電解やAEL(アルカリ水電解)では、製造される水素ガス中に微量の未反応水蒸気や酸素、窒素、あるいはアルカリ電解液由来の不純物が含まれる可能性があります。要求される水素純度に応じて、これらの不純物を除去するための精製プロセスが必要となります。

主な水素精製技術には以下のようなものがあります。

  1. PSA(Pressure Swing Adsorption:圧力変動吸着法): 吸着材(ゼオライト、活性炭など)を用いて、圧力変動によって不純物を吸着・脱着させる方法です。高純度水素を比較的大規模に製造する実績があり、成熟した技術です。複数の吸着塔を切り替えることで連続運転が可能です。再エネ出力変動に伴う水素製造量の変動に対応させるためには、プロセスの設計や制御に工夫が必要です。
  2. 膜分離法: 特定のガス成分を選択的に透過させる分離膜を用いる方法です。ポリアミド系などの有機膜や、パラジウム合金などの無機膜があります。PSAに比べて設備がコンパクトになる傾向があり、比較的設置スペースを取りません。運転圧力の調整で分離性能が変わるため、システム設計において電解槽や圧縮機との連携が重要です。
  3. 触媒反応器(Deoxo): 酸素などの微量不純物を触媒によって水などに変換し、その後脱水プロセスで除去する方法です。酸素濃度が低い場合に有効ですが、触媒活性の維持や温度管理が重要になります。
  4. 深冷分離法: 低温を利用してガス成分を液化・分離する方法です。非常に高い純度が得られますが、設備が大掛かりでエネルギー消費も大きくなる傾向があります。大規模な水素液化プラントなどと組み合わせて採用されることがあります。

技術選定においては、要求される水素純度、処理流量、入口ガス組成、CAPEX/OPEX、運転柔軟性、メンテナンス性などを総合的に評価する必要があります。例えば、燃料電池用途では99.97%以上の高純度が求められることが一般的であり、PSAや膜分離、触媒反応器と組み合わせた多段プロセスが検討されます。

水素圧縮技術

製造された水素を貯蔵・輸送、あるいは特定の用途(パイプライン圧送、充填ステーション、高圧貯蔵など)に供するためには、高圧化が必要です。水素圧縮機は、非常に高い圧力が要求される用途では数MPaから数十MPa、さらには70MPaを超える圧縮を行うこともあります。

主な水素圧縮技術には以下のようなものがあります。

  1. 往復動圧縮機(Reciprocating Compressor): ピストンを用いてガスを圧縮する方法です。高圧化に適しており、幅広い流量・圧力範囲で実績があります。効率が高い一方で、可動部が多くメンテナンス頻度が高くなる傾向があります。再エネ出力変動に伴う流量変動への追従性や、スタート・ストップ頻度への対応が設計上の課題となることがあります。
  2. 遠心圧縮機(Centrifugal Compressor): 回転翼によってガスに運動エネルギーを与え、圧力に変換する方法です。大流量の圧縮に適しており、設備が比較的コンパクトで振動も少ないですが、高圧化には多段化が必要になります。流量変動への応答性が往復動式より劣る場合があります。
  3. ダイヤフラム圧縮機(Diaphragm Compressor): ダイヤフラムの変位によってガスを圧縮する方法です。媒体と完全に隔離されるため、超高純度ガスや危険性ガスの圧縮に適しています。構造上、大流量・高圧化には限界がある場合があります。
  4. イオン液体圧縮機(Ionic Compressor): イオン液体をピストンとして用いることで、機械的な可動部を減らし、高圧・高純度圧縮を実現する比較的新しい技術です。メンテナンス頻度や効率の点で優位性が期待されていますが、まだ大規模プラントでの実績は限られています。
  5. 液封式回転圧縮機(Liquid Ring Compressor): 液体(通常は水)を封止材として用いる回転圧縮機です。異物混入に強く、シンプルで信頼性が高いですが、高圧化には限界があり、高効率化も課題となることがあります。

圧縮機の選定においては、要求される最終圧力、流量、運転パターン(連続 vs. 変動)、効率、CAPEX/OPEX、信頼性、メンテナンス性、設置スペース、安全性などが重要な評価項目となります。再エネ連携プラントでは、電解槽と同様に再エネ出力変動に追従する必要があるため、起動停止特性や部分負荷運転時の効率、信頼性が特に重要な要素となります。

システムインテグレーションの課題と実務

水素精製・圧縮プロセスは、電解槽、電力供給システム(PCSを含む)、水素貯蔵・輸送システムと密接に連携する必要があります。システムインテグレーション上の主な課題と実務的な留意点は以下の通りです。

コスト・経済性評価

水素精製・圧縮プロセスのコストは、プラント全体のCAPEXおよびOPEXに大きな影響を与えます。

LCOH試算においては、電解槽の稼働率や再生可能エネルギー価格変動だけでなく、精製・圧縮プロセスのエネルギー消費とメンテナンスコストを正確に見積もることが重要です。技術選定の際には、初期投資だけでなくライフサイクルコスト全体での経済性を評価する必要があります。

運用上の実務的留意点

実際にプラントを運用する上では、以下の点に留意が必要です。

まとめ

再生可能エネルギー連携グリーン水素プラントにおいて、水素の高純度化と圧縮プロセスは、電解槽とともにプラント全体の性能と経済性を左右する極めて重要な要素です。PSAや膜分離、往復動圧縮機や遠心圧縮機など、多様な技術が存在し、それぞれに特徴があります。プラント設計においては、要求される水素の仕様、再エネの変動特性、コスト目標、安全性、メンテナンス性といった多角的な視点から、最適な技術を選定し、各プロセスを統合的に設計する必要があります。

特に、再エネ出力の変動に追従できる運転柔軟性とエネルギー効率の高いシステム構築は、LCOH低減と長期的な事業の実現可能性を高める鍵となります。精製・圧縮プロセスは高圧ガスを取り扱うため、国内外の安全基準に準拠した設計と運用が不可欠であり、リスク評価に基づいた適切な対策が求められます。今後のグリーン水素プラントの大規模化や用途拡大に向けて、これらの後段プロセスの技術開発とシステムインテグレーションのノウハウ蓄積がますます重要になると考えられます。