再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける用途別要求仕様と品質管理の実務
はじめに
再生可能エネルギー由来の水素(以下、再エネ水素)は、脱炭素社会実現に向けた重要なエネルギーキャリアとして期待されています。プラントエンジニアリング企業にとって、再エネ水素製造プラントの企画・設計・建設・運用は、今後の主要な事業領域の一つとなるでしょう。これらのプロジェクトを遂行する上で、製造される水素の品質は最終用途に直結する極めて重要な要素となります。
水素の品質は、その不純物含有量によって定義され、求められる品質レベルは用途によって大きく異なります。例えば、燃料電池の燃料として使用する場合と、化学原料として使用する場合では、許容される不純物の種類や濃度に厳しい差があります。品質が要求仕様を満たさない場合、設備の劣化、触媒の被毒、製品品質の低下、さらには安全性の問題を引き起こす可能性があります。
本稿では、再エネ連携水素製造プラントにおいて、用途別の水素品質要求仕様を理解し、それに応じたプラント設計と運用段階での品質管理をどのように実践すべきかについて、プラントエンジニアリングの視点から解説いたします。
水素品質が重要な理由と主な不純物
水素の不純物は、その利用効率、設備の寿命、製品の品質、そして安全性に直接影響を与えます。特に高純度が求められる用途では、微量な不純物でも大きな問題となり得ます。
一般的な水素製造プロセスにおける主な不純物としては、以下のようなものが挙げられます。
- 水(H₂O): 電解槽からの随伴、あるいは後段の乾燥不足によるもの。配管の腐食や、燃料電池触媒の活性低下を引き起こす可能性があります。
- 酸素(O₂): 電解槽における水素極と酸素極の分離不完全、あるいは空気の混入によるもの。燃料電池の性能低下や、可燃性混合物の生成による安全上のリスクを高めます。
- 窒素(N₂)、アルゴン(Ar): 空気混入によるもの。不活性ガスとして機能低下やパージ負荷増加の原因となります。
- 二酸化炭素(CO₂)、一酸化炭素(CO): 原料に炭素を含む場合(例: メタン水蒸気改質)に発生しますが、水電解では通常含まれません。しかし、原料水や空気からの微量混入、あるいはCO₂利用水素製造では主成分となり得るため注意が必要です。COは特に燃料電池触媒の毒となります。
- 炭化水素(CH₄など): 原料からの混入や設備からのオフガスなど。用途によっては不純物となります。
- 硫黄化合物(H₂Sなど): 原料からの混入。触媒毒となります。
- ハライド(Cl⁻など): 原料水からの混入。設備の腐食や触媒毒となります。
再エネ連携水電解においては、原料は水と電気のみであるため、不純物の起源は主に原料水中のイオンや有機物、空気の混入、設備の材料からの溶出などに限定されます。しかし、これらの不純物も用途によっては除去が必要となります。
用途別水素品質要求仕様
水素の用途は多岐にわたり、それぞれに異なる品質要求があります。代表的な用途とその品質要求を以下に示します。
1. 燃料電池車 (FCEV) および水素ステーション
FCEV用燃料電池は、高い発電効率と長寿命が求められるため、水素燃料に対する品質要求が最も厳しい用途の一つです。主要な国際規格としてISO 14687やSAE J2719があります。
- 要求される純度: 通常99.97%以上。
- 主な許容不純物濃度上限(ISO 14687:2019 一部抜粋):
- 水 (H₂O): 5 ppm
- 酸素 (O₂): 2 ppm
- 窒素 (N₂): 100 ppm
- 一酸化炭素 (CO): 0.2 ppm
- 二酸化炭素 (CO₂): 2 ppm
- メタン (CH₄): 10 ppm
- 硫黄化合物 (S): 0.004 ppm (SO₂ 換算)
- その他、特定の炭化水素やホルムアルデヒド等にも厳しい基準があります。
特にCOは燃料電池触媒(白金)の被毒性が高いため、非常に低い濃度が要求されます。
2. 定置用燃料電池発電 (FCG)
家庭用や産業用の燃料電池発電システムです。FCEVほど厳しい基準ではない場合もありますが、製品によって要求される品質は異なります。大型の発電プラントでは、プラントの設計寿命に合わせた品質管理が必要です。
3. アンモニア・メタノール合成
これらの化学製品の合成における原料として水素が使用されます。触媒反応を用いるため、触媒毒となる硫黄化合物やCOなどに厳しい基準があります。
- 要求される純度: 通常99.5%〜99.9%程度。
- 主な許容不純物: CO, CO₂, CH₄, N₂, Ar, H₂O, H₂Sなどの硫黄化合物。特に硫黄化合物には厳しい基準が設定されます。
合成プロセスや触媒の種類によって許容濃度は異なりますが、高純度水素が求められる傾向にあります。
4. 石油精製(脱硫等)
石油精製プロセスにおける脱硫反応などで大量の水素が消費されます。原料ガス中に含まれる不純物(硫黄化合物など)を許容できる場合が多く、FCEV用ほど厳しい品質は求められないのが一般的です。
- 要求される純度: 通常90%〜99%程度。
- 主な許容不純物: 用途やプロセスにより異なりますが、比較的多くの不純物を許容する場合があります。
5. 鉄鋼製造(直接還元法)
水素を用いた鉄鉱石の直接還元プロセスです。還元反応の効率に影響する不純物(水、CO₂など)に注意が必要ですが、FCEV用ほど厳しい高純度は要求されないことが多いです。
水電解方式別の典型的な水素品質
再エネ連携水素製造の主流である水電解技術(AEL, PEM, SOEC)は、それぞれ異なる不純物傾向を持ちます。
-
AEL (アルカリ水電解):
- 電解液(KOHなど)を使用するため、電解液由来の不純物(アルカリ成分のエアロゾルなど)が混入する可能性があります。
- セル電圧が高い場合や運転温度が高い場合に、酸素からオゾンが生成し、これが分解して酸素濃度を上昇させる可能性があります。
- 典型的な製造ガス純度(精製前)は99.5%〜99.9%程度です。
-
PEM (固体高分子水電解):
- 純水を使用するため、電解液由来の不純物はほとんどありません。
- カソード(水素側)とアノード(酸素側)を隔てる膜のガス透過性により、酸素が水素側に混入しやすい傾向があります。運転圧力や電流密度によってこの傾向は変化します。
- 典型的な製造ガス純度(精製前)は99.9%〜99.99%程度です。ただし、微量の酸素混入は避けられません。
-
SOEC (固体酸化物形水電解):
- 高温(700-900℃程度)での運転です。
- カソードとアノードのガス透過性やシールの性能によっては、空気成分(窒素、酸素)が水素側に混入する可能性があります。
- 原料に水蒸気だけでなくCO₂を使用する場合(SOEC共電解)、生成ガスにはH₂, CO, H₂O, CO₂などが含まれ、その後の用途に応じて精製が必要です。
- 高温ガスであるため、冷却過程での水分除去が重要です。
いずれの方式でも、求められる最終用途の品質によっては、製造ガスをそのまま使用することは難しく、後段での精製プロセスが必要となります。
要求品質を満たすためのプラント設計と主要設備
最終用途で求められる水素品質を確保するためには、プラント全体の設計段階から適切な技術を選択し、必要な設備を組み込む必要があります。
1. 原料水処理設備
水電解の原料水には高純度の純水が要求されます。特にPEMやSOECでは要求される純度が非常に高いです。原水の種類(工業用水、河川水、海水など)に応じて、ろ過、活性炭処理、逆浸透膜(RO)、イオン交換(IX)、電気脱イオン(EDI)などを組み合わせて超純水を製造するシステムを設計します。原料水中の不純物は、電解槽の性能低下や寿命短縮、さらには生成水素への不純物混入の主要因となり得るため、適切な水処理システムの選定と設計は非常に重要です。
2. 水素ガス乾燥設備
水電解で生成された水素ガスは飽和水蒸気を含んでいます。多くの用途で水分は不純物となるため、露点を下げるための乾燥が必要です。PSA (Pressure Swing Adsorption) や膜分離、吸着材(シリカゲル、モレキュラーシーブ)を用いた乾燥機などが用いられます。特にFCEV用では露点-40℃以下といった厳しい基準が要求されるため、効果的な乾燥設備が必須です。
3. 不純物除去・精製設備
水や酸素以外の不純物(N₂, Ar, CO, CH₄など)を除去するために、以下の設備が用いられます。
- PSA (Pressure Swing Adsorption): 吸着材(ゼオライトや活性炭など)を用いて、圧力変動により特定のガス成分を選択的に吸着・脱着させることで水素を精製する技術です。シンプルで信頼性が高く、様々な不純物除去に広く用いられます。高純度水素製造に適しています。
- 膜分離: 特殊な膜を用いて、透過速度の違いによりガス成分を分離します。コンパクト化が可能ですが、分離性能はPSAに劣る場合があり、高純度化には多段化が必要となることがあります。
- 触媒反応器 (De-oxo/Methanatorなど): 微量の酸素を水素と反応させて水にする(De-oxo)や、CO/CO₂をメタンと水に変換する(Methanator)など、触媒を用いて特定の不純物を無害化または除去しやすい形に変換します。FCEV用などCOに厳しい用途でMethanatorが用いられることがあります。
- 深冷分離: 非常に低温でガスを液化・分離する技術です。大規模プラントで高純度水素を大量に製造する場合に検討されることがありますが、設備が大掛かりになります。
これらの精製設備の選定は、要求される水素品質、製造規模、対象となる不純物の種類と濃度、およびCAPEX/OPEXのバランスを考慮して行われます。PSAは比較的広く適用可能ですが、除去対象の不純物によっては他の技術との組み合わせや、より特化した技術が必要となります。
プラント運用における品質管理の実務
設計段階で適切な設備を選定しても、運用段階での適切な品質管理がなければ安定した高品質水素の供給は困難です。
1. サンプリングと分析
製造された水素の品質を定期的に、あるいは継続的に監視することが基本となります。サンプリングポイントは、電解槽出口、精製設備出口、製品水素ラインなど複数箇所に設置します。分析には、ガスクロマトグラフィー(GC)や専用のセンサー(酸素濃度計、露点計など)が用いられます。特にFCEV用などでは、ppbレベルの不純物まで正確に測定できる高精度な分析装置が必要です。
2. オンライン監視
重要な不純物項目(酸素、水分、COなど)については、連続的なオンライン監視システムを導入することで、異常発生時の早期検知と対応が可能となります。これにより、品質異常品の出荷を防ぎ、プラントの安定稼働に貢献します。
3. 原料水、電力、消耗品の管理
水素品質は、原料水質、供給電力の安定性、精製設備の吸着材や触媒、フィルターなどの消耗品の状態に影響されます。原料水の前処理が不十分であれば不純物が増加し、電力変動が激しければ電解槽の運転状態が不安定になる可能性があります。消耗品の劣化は精製能力の低下を招きます。これらの要素を適切に管理することが、品質維持の前提となります。
4. トレーサビリティ
製造された水素の品質情報(製造日時、プラント運転データ、品質分析結果など)を記録し、製品ロットごとに追跡可能なシステムを構築することが重要です。これにより、品質問題発生時の原因究明や、グリーン水素認証における透明性確保に役立ちます。
コストと経済性への影響
高品質な水素を製造するためには、高純度を達成するための精製設備や、品質監視・分析のための設備が必要となり、これらはプラントのCAPEX増加に直結します。また、これらの設備の運転には電力やパージガス、消耗品(吸着材、触媒、フィルターなど)が必要であり、メンテナンスコストも発生するため、OPEXも増加します。
特にFCEV用など非常に厳しい品質要求に応える場合、精製設備のコストが無視できない割合を占めることがあります。プラント全体のLCOH(Levelized Cost of Hydrogen)を試算する際には、品質要求レベルに応じたCAPEX/OPEXの増加分を正確に見積もることが重要です。
一方、品質不良による損失も考慮する必要があります。品質要求を満たさない水素は出荷できず、再精製や破棄が必要となる場合があり、経済的な損失となります。また、最終製品や設備に損害を与えた場合は、より大きな損失につながる可能性があります。
まとめ
再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおいて、用途別要求仕様に適合した水素品質を確保することは、プロジェクトの成功と事業の持続性にとって不可欠な要素です。プラント設計段階から、最終用途の品質要求を正確に把握し、適切な原料水処理設備、水素ガス乾燥設備、および不純物除去・精製設備を選定・設計することが重要です。
また、プラント運用段階では、継続的なサンプリング・分析、オンライン監視、原料や消耗品の適切な管理、そしてトレーサビリティシステムの構築を通じて、安定した品質管理体制を維持する必要があります。高品質化はコスト増加を伴いますが、品質不良による潜在的な損失やリスクを回避し、長期的な信頼性を確保するためには必要な投資と言えます。
プラントエンジニアリングに携わる技術者・マネージャーの皆様には、これらの品質に関する実務的な側面を深く理解し、プロジェクト計画や遂行において適切に反映されることを願っています。