再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおけるシステム信頼性・可用性設計と運用管理の実務
導入
再生可能エネルギー(以下、再エネ)の電力を利用した水素製造プラントは、脱炭素社会実現に向けた重要なインフラとして期待されています。これらのプラントの事業性を確保し、安定的な水素供給を実現するためには、システムの高い信頼性と可用性が不可欠です。計画通りにプラントを稼働させ、想定される稼働率を達成することは、水素の製造コスト(LCOH: Levelized Cost of Hydrogen)に直接影響を与えます。プラントエンジニアリングに携わる皆様にとって、設計段階での信頼性確保から、運用段階での可用性維持・向上に至るまで、実践的な知識と対策が求められます。
本稿では、再エネ連携水素製造プラントにおけるシステム信頼性・可用性の重要性を再確認し、それらを高めるための設計上の考慮事項、主要な評価指標、そして運用管理における実践的なアプローチについて解説いたします。
システム信頼性・可用性の基本概念と重要性
プラントにおける「信頼性(Reliability)」とは、システムや機器が規定の条件下で、定められた期間、要求された機能を果たす確率を指します。「可用性(Availability)」とは、システムや機器が必要な時に稼働可能な状態にある時間の割合を示す指標です。一般的に、可用性は稼働時間と停止時間の比率で表されます。
再エネ連携水素製造プラントにおいて、これらの指標が重要なのは以下の理由からです。
- LCOHへの影響: プラントの稼働率が低下すると、設備投資コスト(CAPEX)を回収するための製造量が減少し、単位水素あたりの製造コストが増加します。高い信頼性と可用性は、想定稼働率の達成、ひいてはLCOHの低減に直結します。
- 水素供給の安定性: 需要家への安定した水素供給は、サプライチェーン全体の信頼性に影響します。予期せぬプラント停止は、供給計画の破綻を招く可能性があります。
- 運用・メンテナンスコスト(OPEX): 故障による緊急対応や頻繁な部品交換は、メンテナンスコストを増加させます。高い信頼性は、これらのコスト削減に貢献します。
主要な信頼性・可用性関連指標には以下のようなものがあります。
- MTBF (Mean Time Between Failures): 故障から次の故障までの平均稼働時間。信頼性の高さを示す指標です。
- MTTR (Mean Time To Repair): 故障発生から修理が完了し、システムが稼働可能状態に戻るまでの平均時間。保守性の高さを示す指標です。
- MTTRF (Mean Time To Restore Function): 故障発生からシステムの機能が回復するまでの平均時間。MTTRに加え、復旧作業全体の時間を含みます。
- アベイラビリティ: (稼働時間) / (稼働時間 + 停止時間)。計画停止を含む場合と含まない場合があります。
設計段階における信頼性・可用性向上策
プラントの信頼性と可用性は、その設計段階で大半が決まると言っても過言ではありません。以下の点を考慮した設計が重要です。
- システム構成の最適化と冗長化:
- プラント全体または重要サブシステム(例:電解槽モジュール、直流電源供給システム(PCS)、ガス精製設備、圧縮機)における冗長化レベルを検討します。
- 並列冗長(Active Redundancy)、コールドスタンバイ(Cold Standby)など、コスト、設置スペース、応答性などを考慮して最適な方式を選択します。単一障害点(Single Point of Failure: SPOF)を徹底的に排除する設計が必要です。
- 主要機器・部品の選定:
- 実績が豊富で、信頼性データ(MTBFなど)が公開されている機器メーカーを選定します。特に電解槽、PCS、圧縮機、ポンプ、制御システムなどの主要機器は、全体の信頼性に大きく影響します。
- 供給網の安定性や、長期的な部品供給・サポート体制も重要な選定基準です。
- フェイルセーフ・フォールトトレランス設計:
- 故障が発生した場合でも、危険な状態に陥ることを防ぐフェイルセーフ設計(例:異常検知時の安全停止)を組み込みます。
- 一部の故障が発生してもシステム全体が機能を維持できるフォールトトレランス設計(例:冗長化された制御システム)を検討します。
- システムシミュレーションと信頼性予測:
- FTA(Fault Tree Analysis)やFMEA(Failure Mode and Effect Analysis)といった手法を用いて、潜在的な故障モードとその影響を評価します。
- システム全体の信頼性ブロック図を作成し、各コンポーネントの信頼性データに基づいてシステム全体の信頼性・可用性予測を行います。
- 設計レビューとリスク評価:
- HAZOP(Hazard and Operability Study)などの体系的なレビュー手法を用い、設計の潜在的なリスクを洗い出し、対策を講じます。
- 過去の類似プラントでのトラブル事例を分析し、設計にフィードバックします。
運用管理における信頼性・可用性維持・向上策
優れた設計も、適切な運用管理が伴わなければその性能を維持できません。運用段階での重要な取り組みは以下の通りです。
- 予防保全計画の策定と実行:
- 機器メーカー推奨のメンテナンス計画に基づき、定期的な点検、部品交換、清掃などを計画的に実施します。
- プラントの稼働状況や環境条件に合わせて、計画を柔軟に見直します。
- 予兆保全・状態監視(CBM: Condition Based Maintenance)技術の活用:
- 主要機器に振動センサー、温度センサー、電流・電圧センサーなどを設置し、リアルタイムの運転データを収集します。
- これらのデータを分析(異常検知、トレンド分析)し、機器の劣化や故障の兆候を早期に発見します。AIや機械学習を活用した予兆保全システムの導入も有効です。
- 計画外停止のリスクを低減し、最適なタイミングでのメンテナンス実施を可能にします。
- 効果的な予備品管理:
- 重要度、リードタイム、コストなどを考慮し、適切な予備品のリストを作成し、在庫を管理します。
- 特に海外サプライヤーからの部品は、リードタイムが長くなる可能性があるため、計画的な発注・管理が必要です。
- 運用員のスキル向上とトレーニング:
- プラントオペレーターやメンテナンス担当者に対して、機器の正しい操作方法、異常時の対応、トラブルシューティング、安全手順に関する継続的なトレーニングを実施します。
- 高度な監視システムや分析ツールを使いこなせる人材育成も重要です。
- 故障対応体制の確立:
- 故障発生時の連絡フロー、診断手順、修理体制、外部専門家との連携などを定めた緊急対応計画を策定します。
- 修理に必要な工具、設備、予備品へのアクセスを確保します。
- 故障発生時には、その原因を詳細に分析し、再発防止策を立案・実行します。この記録と分析は、以降の運用や将来的なプラント設計に非常に価値のある情報となります。
サプライヤー選定とシステムインテグレーションにおける留意点
機器単体の信頼性だけでなく、各機器が連携して一つのシステムとして機能する際の信頼性も重要です。
- サプライヤーの信頼性保証体制: 機器自体の信頼性データに加え、サプライヤーの品質管理体制、製造工程の信頼性、出荷前テスト、そして導入後の技術サポートやアフターサービス体制を十分に評価します。
- インテグレーションの課題: 電解槽、PCS、変圧器、ガス処理設備、圧縮機、冷凍機、制御システムなど、多様な機器を組み合わせる際には、インターフェースの整合性、制御システムの連携、電力系統との協調運転など、多くの技術的な課題が発生します。これらの課題がシステム全体の信頼性を損なう可能性があります。
- インテグレーターの選定: システム全体を統括するインテグレーターは、異なるサプライヤーの機器を円滑に連携させ、システムとしての信頼性を確保する上で極めて重要な役割を果たします。豊富な経験と技術力を持つインテグレーターを選定することが、プロジェクト成功の鍵となります。インテグレーターは、全体のリスク管理、インターフェース設計、システムテストなどを通じて信頼性向上に貢献します。
まとめ
再エネ連携水素製造プラントの成功は、高いシステム信頼性と可用性の達成にかかっています。これは、単に個々の機器の性能に依存するだけでなく、設計段階での慎重な検討、信頼性の高いサプライヤーからの機器選定、効果的なシステムインテグレーション、そして運用開始後の計画的なメンテナンスと先進的な状態監視技術の活用といった、ライフサイクル全体にわたる総合的な取り組みによって実現されます。
プラントエンジニアリングに携わる皆様は、これらの要素を深く理解し、プロジェクトの各段階で最適な判断を下すことが求められます。デジタル技術の進化は、予兆保全や遠隔監視を通じて、今後のプラントの信頼性・可用性向上にさらに貢献していくと期待されます。これらの最新技術動向にも注目し、継続的に知識をアップデートしていくことが重要です。