再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける水処理システムの技術選定と運用上の留意点
はじめに
再生可能エネルギー由来の電力を用いた水電解による水素製造は、カーボンニュートラル社会実現に向けた重要な技術の一つです。この再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおいて、水は水素の原料として不可欠な要素です。電解槽の性能を最大限に引き出し、長期的に安定かつ経済的な運転を実現するためには、供給する水の水質管理が極めて重要になります。
不適切な水質の水を使用した場合、電解槽の劣化、性能低下、寿命短縮、さらには設備の損傷といったリスクが発生します。したがって、プラントの設計段階から、水源の評価に基づいた適切な水処理システムの選定、そして運用フェーズにおける適切な管理が計画の成功に大きく影響します。
本稿では、再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける水処理システムの技術的な重要性、主要な水処理プロセス、技術選定の基準、および運用上の留意点について、プラントエンジニアリングの視点から解説します。
水電解技術と要求される水質
水電解技術には、アルカリ水電解(AEL)、固体高分子形水電解(PEMEL)、固体酸化物形水電解(SOEC)などがあります。これらの技術はそれぞれ動作原理や構造が異なり、要求される水の水質も異なります。
- アルカリ水電解(AEL): 比較的水質要求は緩やかですが、電解液(KOHやNaOH水溶液)を使用するため、供給水中の硬度成分(カルシウム、マグネシウム)はスケールの原因となるため除去が必要です。一般的には純水(比抵抗0.1 MΩ・cm 程度以上)が使用されますが、電解液の濃度管理と合わせて、供給水中のシリカなどの不純物管理も重要です。
- 固体高分子形水電解(PEMEL): 高純度の水を要求します。通常、超純水(比抵抗18 MΩ・cm 近傍)が必要です。これは、電解質の膜(プロトン交換膜)が金属イオンなどの不純物によって劣化しやすいためです。微量の不純物も膜の性能低下や触媒劣化を引き起こし、効率や耐久性に大きな影響を与えます。
- 固体酸化物形水電解(SOEC): 高温で動作するため、蒸気として水を供給します。供給水はSOECスタックへの供給前に純水または超純水として処理され、その後蒸発器で蒸気化されます。不純物は高温環境で析出しやすく、スタックの劣化や破損の原因となるため、PEMELと同様に高い純度が要求されます。
いずれの技術においても、供給水中の溶解性イオン、シリカ、有機物、懸濁物質などは、電解槽の性能、寿命、メンテナンス頻度に直接影響を与えます。特にPEMELやSOECにおいては、極めて高い水質が不可欠です。
原水水質評価と主要な不純物
水処理システムの設計は、まず利用可能な原水の水質を正確に評価することから始まります。原水の種類(河川水、地下水、工業用水、海水、再利用水など)によって、含まれる不純物の種類と濃度は大きく異なります。主要な不純物には以下のようなものがあります。
- 総溶解固形分(TDS): 水中に溶解している無機塩類や有機物の総量。電気伝導率として測定されることが多いです。
- 硬度: カルシウムイオン(Ca²⁺)やマグネシウムイオン(Mg²⁺)などの濃度。スケールの原因となります。
- シリカ(SiO₂): 特に高温プロセス(SOEC)で問題となりやすく、スケールの主要因の一つです。
- 有機物(TOC: Total Organic Carbon): 微生物の繁殖を助長したり、膜分離プロセスを阻害したりする可能性があります。
- 金属イオン: ナトリウム(Na⁺)、カリウム(K⁺)、鉄(Fe²⁺/Fe³⁺)、アルミニウム(Al³⁺)など。電解槽の触媒毒となったり、膜を汚損したりします。
- 懸濁物質(SS: Suspended Solids): 濁りの原因となり、フィルターや膜を閉塞させます。
- 微生物: 膜のバイオファウリングの原因となります。
これらの不純物を、電解槽が必要とする水質まで除去するために、適切な水処理プロセスを組み合わせる必要があります。
水処理プロセスの種類と技術選定
水処理プロセスは、一般的に以下のステップで構成されます。
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前処理: 原水に含まれる比較的大きな懸濁物質、濁り、有機物、残留塩素などを除去します。
- 凝集沈殿・ろ過: 懸濁物質やコロイド状物質を除去します。砂ろ過、マルチメディアろ過などが用いられます。
- 精密ろ過(MF)/限外ろ過(UF): 微細な懸濁物質、微生物などを除去し、後段の膜分離プロセス(ROなど)の負荷を低減します。
- 活性炭吸着: 有機物や残留塩素を除去します。残留塩素は特にRO膜やイオン交換樹脂を劣化させるため重要です。
- 軟水化: イオン交換樹脂を用いて硬度成分(Ca²⁺, Mg²⁺)を除去します。後段のRO膜でのスケール析出を抑制します。
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純水製造: 前処理された水から、溶解性イオンの大部分を除去し、純水または超純水を製造します。
- 逆浸透(RO): 半透膜を用いて、溶解性イオンや有機物、微粒子などを高効率で除去します。高い除去率が得られますが、排水(濃縮水)が発生します。
- 電気脱イオン(EDI): イオン交換樹脂と電気の力を組み合わせてイオンを除去します。薬品を使用しない連続式プロセスであり、RO処理水の後段に配置されることが多いです。
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仕上げ処理: さらに高い純度が必要な場合、微量の残留イオンを除去します。
- 混床式イオン交換(MBDI): アニオン交換樹脂とカチオン交換樹脂を混合して用いるイオン交換法です。理論上、極めて高い純度(超純水)を得ることが可能ですが、再生に酸やアルカリが必要となります。PEMELやSOEC向け超純水製造ラインの最終段として使用されます。
技術選定のポイント:
水処理システムの技術選定にあたっては、以下の要素を総合的に評価する必要があります。
- 原水水質: 最も重要な要素です。原水の不純物濃度に応じて、必要なプロセス構成や設備の規模が決定されます。
- 要求される純水水質: 電解槽の種類(AEL, PEMEL, SOEC)やメーカーの仕様によって要求される水質が異なります。
- 必要な処理水量: 水電解プラントの規模(水素製造量)に応じて決定されます。
- 設備コスト(CAPEX): 各プロセス技術や設備の初期投資コストを比較検討します。
- 運転コスト(OPEX): 電力費、薬品費、消耗品費(膜、樹脂)、排水処理費、メンテナンス費などを考慮します。特に、原水水質が悪いほど、OPEXは高くなる傾向があります。
- メンテナンス性: 各設備のメンテナンス頻度、容易さ、必要なスキルレベルを評価します。
- 省エネルギー性: プロセスの電力消費量や水回収率を評価します。排水量を最小化する取り組みも重要です。
- 設置スペース: 設備に必要な面積や高さなどを考慮します。
- 環境負荷: 排水の量と質、薬品の使用量などを評価し、環境規制への適合性を確認します。
例えば、TDSの高い海水やブラインを原水とする場合は、前処理として脱塩プロセス(例: 海水RO)が必要となり、システム構成とコストが大きく変わります。また、PEMEL向けに超純水を製造する場合、RO+EDI+MBDIの組み合わせが一般的ですが、原水水質や処理水量に応じて最適な構成は異なります。
システムインテグレーションと運用上の留意点
水処理システムは単体で機能するのではなく、水電解システム全体の一部として設計・運用されます。システムインテグレーションにおいては、以下の点に留意が必要です。
- 水量バランス: 電解槽が必要とする水量に加え、水処理システムの内部使用水(洗浄水など)、ロス(排水)などを考慮した全体での水量バランスを設計します。
- 水質モニタリング: 各プロセス段階および最終的な供給水の水質(電気伝導率、シリカ濃度、TOCなど)を継続的にモニタリングし、異常を早期に検知できる体制を構築します。
- 薬品管理: 薬品を使用するプロセス(凝集剤、殺菌剤、スケール防止剤、イオン交換樹脂再生薬品など)においては、安全な保管、供給、管理が不可欠です。
- 排水処理: 水処理プロセスから発生する排水(ろ過逆洗水、RO濃縮水、イオン交換樹脂再生排水など)は、環境規制に適合するよう適切に処理し、必要に応じて再利用を検討します。排水処理設備の設計・運用もプラント計画の重要な要素です。
- メンテナンス計画: 膜の交換、イオン交換樹脂の再生・交換、フィルター交換などのメンテナンスは、計画的に実施する必要があります。メンテナンスに伴うダウンタイムを最小限に抑えるための設計(冗長性など)も考慮します。
- 自動化と制御: 水処理システムの運転は、水電解システムからの信号と連動した自動制御が一般的です。電解槽の要求水量変動に合わせて、水処理システムの運転モードを切り替えるなどの制御設計が重要です。
運用フェーズにおいては、日常的な水質確認、設備監視、薬品補充、フィルター・膜・樹脂の定期的な交換、設備の清掃などが重要です。特に原水水質が変動しやすい場合や、厳しい水質が要求されるシステムでは、運用管理の質がプラントの安定稼働に直結します。
コストへの影響
水処理システムのCAPEXとOPEXは、再生可能エネルギー連携水素製造におけるLCOH(Levelized Cost of Hydrogen)に影響を与えます。
- CAPEX: 水処理設備の初期投資は、プラント全体のCAPEXの一部を占めます。必要な処理能力や技術レベル(要求水質)に応じて大きく変動します。
- OPEX: 電力費、薬品費、消耗品費(フィルター、膜、樹脂)、排水処理費、メンテナンス費などが含まれます。原水水質が悪いほど、前処理や薬品、消耗品にかかるコストが増加する傾向があります。
プラント全体の経済性を最適化するためには、水処理システム単体だけでなく、電解槽の性能維持に貢献する水質の維持と、それに伴う電解槽の長寿命化やメンテナンスコスト削減とのバランスを考慮した評価が必要です。例えば、高品質な水処理システムを導入することで、電解槽のメンテナンス頻度を減らし、交換サイクルを長くすることができれば、プラント全体のライフサイクルコストとしては有利になる可能性があります。
結論
再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおいて、水処理システムは電解槽への安定した原料供給を支える基盤技術です。適切な水処理システムの選定と運用は、プラントの性能、信頼性、耐久性、そして経済性に直接的に影響を与えます。
プラント計画においては、利用可能な原水の水質を正確に評価し、電解槽の要求水質、処理水量、設備・運転コスト、メンテナンス性、環境負荷といった多角的な視点から、最適な水処理プロセス構成と設備を選定することが重要です。また、水処理システムと電解槽システムを連携させた全体最適化、そして運用フェーズにおける適切な水質モニタリングとメンテナンス管理が、プラントの長期安定稼働と経済性実現の鍵となります。
今後、水素製造の規模が拡大するにつれて、多様な水源の利用が検討されることが予測されます。それぞれの水源に対応した効率的で経済的な水処理技術の開発・導入、および運用ノウハウの蓄積が、再生可能エネルギー連携水素製造技術の普及をさらに加速させる要素となるでしょう。