再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける副生成物活用の実務:酸素・排熱利用によるプラント最適化
再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける副生成物活用の重要性
再生可能エネルギーを動力源とする水電解による水素製造プラントでは、水素に加え、酸素や熱が副生成物として発生します。これらの副生成物を有効活用することは、プラント全体のエネルギー効率向上、運用コスト削減、収益性向上に大きく貢献し、グリーン水素製造の経済性を改善する上で重要な要素となります。特に大規模プラントにおいては、副生成物のポテンシャルも大きく、その活用戦略がプロジェクトの採算性を左右する可能性もあります。
本記事では、再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおいて発生する酸素と熱に焦点を当て、それぞれの活用技術、プラント設計における考慮事項、および経済性への影響について、プラントエンジニアリングの視点から解説します。
再生可能エネルギー連携水素製造における主な副生成物
水電解プロセスでは、電気エネルギーを利用して水を分解し、水素(H₂)と酸素(O₂)を生成します。その反応式は以下の通りです。
2H₂O → 2H₂ + O₂
この電気化学反応と関連するシステム(整流器/PCS、圧縮機など)からは、熱も発生します。副生成物としての酸素と熱の特性は、採用される水電解技術(AEL, PEM, SOECなど)によって異なります。
- 酸素 (O₂): 理論的には水素製造量の体積比で半分、質量比で約8倍が生成されます。発生圧力や純度は電解槽の形式や運転条件に依存します。例えば、PEM電解槽は比較的高圧で酸素を生成可能ですが、膜を透過する微量の水素が混入することがあります。SOECの場合は高温で生成されるため、熱利用のポテンシャルが高い一方、不純物管理が重要になります。
- 熱: 電解反応における不可逆損失や、機器(整流器、圧縮機、ポンプなど)の効率損失によって発生します。SOECのように高温で運転される技術では、反応熱や排熱として回収可能な熱量が大きく、その温度レベルも高くなります。AELやPEMでも冷却水や排ガスとして比較的低温の熱が発生します。
副生成物:酸素の活用と実務上の留意点
生成された酸素は、適切な処理を行うことで様々な用途に利用可能です。
主な酸素の活用用途
- 工業用途: 鉄鋼業(電炉)、化学工業(酸化反応)、パルプ・製紙、ガラス製造など、多くの産業プロセスで空気中の酸素濃度を高めることで燃焼効率向上や反応促進に利用されます。
- 医療用途: 呼吸器疾患治療や麻酔などに高純度酸素が用いられます。
- 環境用途: 下水処理、水処理(オゾン生成)、排ガス処理などに利用される場合があります。
- 燃料電池: 一部の燃料電池(PEFCのカソード側など)で酸化剤として利用されます。
- 水産養殖: 養殖池の溶存酸素濃度向上に利用されます。
プラントにおける酸素取り扱いと設計上の考慮点
酸素を製品として販売または利用するためには、以下の点に留意したシステム設計が必要です。
- 品質要求: 用途によって要求される酸素の純度や露点が異なります。特に医療用や一部の工業用途では高純度が求められるため、電解槽から排出される酸素に含まれる微量な水分や水素などを除去するための精製装置(PSA, PSAなど)の導入が必要になる場合があります。
- 貯蔵・輸送: 需要地までの距離や需要パターンに応じて、パイプライン、液化酸素タンク、ガスボンベなど、適切な貯蔵・輸送手段を選択し、関連設備(圧縮機、液化装置、タンク)を設計に含めます。高圧ガス保安法をはじめとする安全基準への適合は必須です。
- 需要マッチング: 再生可能エネルギーの出力変動に伴い水素製造量(ひいては酸素生成量)も変動するため、需要家が必要とする量と供給量を安定させるためのバッファ貯蔵や、プラント稼働計画との連携が重要です。
- 経済性: 酸素販売による収益はLCOH低減に寄与しますが、精製、圧縮、貯蔵、輸送といった追加設備のCAPEX/OPEX、および販売価格や契約条件に大きく依存します。初期検討段階で詳細な経済性評価が不可欠です。
副生成物:排熱の活用と実務上の留意点
水素製造プラントから発生する熱も、温度レベルに応じて多様な用途に利用可能です。
主な排熱の活用用途
- プラント内利用:
- 電解槽への供給水の予熱(特にSOECなど高温系)
- ガス精製・乾燥プロセスの加熱
- 建屋の冷暖房(吸収式冷凍機などと組み合わせ)
- プラント外利用:
- 地域熱供給システムへの供給
- 近隣産業プロセス(製鉄、化学、食品、繊維など)への熱供給
- 農業・園芸施設(温室など)への熱供給
- 有機ランキンサイクル(ORC)等による小規模発電
プラントにおける排熱利用と設計上の考慮点
排熱を有効活用するためには、以下の点を検討します。
- 熱回収システム: 電解槽、整流器、圧縮機など、主要な熱源から効率的に熱を回収するための熱交換器ネットワークを設計します。回収する熱の温度レベルと、利用先が必要とする温度レベルを考慮して最適な方式を選定します。
- 温度レベルと用途: SOECから発生する高温排熱は産業プロセス加熱やORC発電に適していますが、AELやPEMからの比較的低温の排熱は地域熱供給やプラント内予熱に利用しやすいといったように、技術によって適した用途が異なります。ヒートポンプを活用して温度レベルを昇温させることも検討可能です。
- 需要とのマッチング: 熱需要は季節や時間帯によって変動するため、安定供給のためには熱貯蔵設備(顕熱または潜熱利用)や、他の熱源との組み合わせが必要となる場合があります。特に再生可能エネルギー連携プラントでは稼働が変動するため、熱供給の信頼性確保が課題となります。
- 輸送: 熱需要地がプラントから離れている場合は、熱配管ネットワークの構築が必要となり、熱損失や建設コストが課題となります。近隣に熱需要家が存在するかどうかは、立地選定において重要な要素となります。
- 経済性: 熱供給による収益はLCOH低減に貢献する可能性がありますが、熱回収・輸送設備のCAPEX/OPEX、熱の販売価格、および需要家との長期契約の有無に依存します。
副生成物活用を考慮したプラント設計と経済性への影響
副生成物の活用は、プラントの初期設計段階から統合的に検討されるべき事項です。
- フィージビリティスタディ: プロジェクトの初期段階で、立地周辺の潜在的な酸素・熱需要家を調査し、需要量、要求品質、価格、輸送方法などを詳細に評価します。これにより、副生成物活用の経済的ポテンシャルを見極めます。
- システムインテグレーション: 電解槽システム、ガス処理システム、熱回収システム、貯蔵・輸送システム、およびユーティリティシステム(電力、水)全体を統合した設計が必要です。各サブシステム間の最適な連携と制御を確立することが重要です。
- 追加設備のCAPEX/OPEX: 酸素精製装置、圧縮機、貯蔵タンク、熱交換器、配管ネットワーク、熱貯蔵設備などの追加設備が必要となり、初期投資(CAPEX)が増加します。また、これらの設備の運用、メンテナンス、ユーティリティ(電力、冷却水など)にかかるコスト(OPEX)も増加します。
- LCOH低減効果: 副生成物の販売による収益は、水素製造にかかる総コストから差し引かれる形でLCOHを低減させる効果があります。その効果は、前述の追加コストと得られる収益のバランスによって決定されます。一般的に、高価値で安定した需要が存在する場合や、プラント規模が大きい場合に、副生成物活用のLCOH低減効果は大きくなります。
- 環境性: 排熱利用は、外部からの熱供給(化石燃料由来など)を代替することで、プラント全体のエネルギー効率を高め、間接的なGHG排出量削減に貢献します。
まとめ
再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける酸素や熱といった副生成物の活用は、プロジェクトの経済性向上と環境負荷低減に寄与する重要な戦略です。酸素利用では純度管理、貯蔵・輸送、そして安定的な需要確保が、排熱利用では温度レベルと熱需要とのマッチング、そして熱輸送がそれぞれ課題となります。
これらの副生成物活用は、単体の技術導入に留まらず、プラント全体のシステムインテグレーションとして初期設計段階から検討されるべきです。周辺地域の需要調査、必要な設備仕様、安全対策、および経済性評価を総合的に行うことで、副生成物活用のポテンシャルを最大限に引き出し、グリーン水素製造プロジェクトの競争力強化に繋げることが期待されます。
今後の技術開発や市場整備により、副生成物の新たな活用方法やより効率的な回収・利用技術が登場することで、その経済的価値はさらに高まる可能性があります。プラントエンジニアリングの専門家としては、こうした最新動向を常に注視し、それぞれのプロジェクトに最適な副生成物活用戦略を立案・実行していくことが求められます。