再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける安全設計とリスク評価:実践的アプローチ
再生可能エネルギー由来の電力を活用した水素製造は、脱炭素社会実現に向けた重要な技術として注目されています。大規模なプラントの建設・運用が進むにつれて、その安全設計とリスク評価の重要性がますます高まっています。水素は可燃性・爆発性の高い物質であり、高圧や極低温を扱うプロセスも含まれるため、プラントの安全性はプロジェクトの成否および社会的な受容性に直結するからです。
本記事では、再生可能エネルギー連携水素製造プラントにおける安全設計の基本原則、リスク評価の実践的なアプローチ、およびプラントエンジニアリングの視点から特に留意すべき点について解説します。
水素プラントにおける主要なリスク要因
水素製造プラントには、水素そのものの特性に起因するリスクと、プラント設備やプロセスに起因するリスクが存在します。
- 水素の物理化学的特性: 水素は非常に軽いガスであり、空気中での拡散性が高いですが、狭い空間に滞留すると広範囲な濃度範囲(4~75%)で着火・爆発の危険性があります。着火エネルギーが非常に小さく、目に見えない炎で燃焼するなど、取り扱いに特別な注意が必要です。
- 高圧・低温・高温プロセス: 高圧での水素圧縮・貯蔵、極低温での液化水素貯蔵・輸送、SOECなど高温で運転される電解槽など、各技術方式やプロセス段階に応じて様々な運転条件が採用されます。これらはそれぞれ、容器の破損、材料の脆化、熱傷などのリスクを伴います。
- 設備固有のリスク:
- 電解槽: 電解槽自体の故障、電解液(AELの場合)の漏洩、水素・酸素の混合による爆発リスク(特に起動・停止時や異常時)。
- 圧縮機: 振動、過熱、シール部からの水素漏洩、高圧による破損。
- 貯蔵設備: 貯蔵圧力・温度によるリスク(高圧ガス容器の破損、液化水素タンクの断熱不良・ボイルオフ)、地震や外部からの衝撃による損傷。
- 配管・バルブ・継手: 漏洩、腐食、疲労による破損。
- 再生可能エネルギー連携特有のリスク:
- 出力変動: 再生可能エネルギーの出力変動に対応するための頻繁な起動・停止、運転条件の急変は、機器へのストレス増加、制御系の不安定化、異常発生確率の上昇につながる可能性があります。
- 系統連系: 電力系統側の異常がプラントに与える影響(瞬停、過電圧など)。
- 遠隔監視・制御: サイバーセキュリティリスク、通信途絶リスク。
- 外部要因: 地震、津波、洪水、落雷、近隣施設での火災・爆発、第三者による妨害行為など。
安全設計の基本原則と実践的アプローチ
水素製造プラントの安全設計は、これらのリスク要因を網羅的に特定し、適切なリスク低減措置を多層的に講じることで成り立ちます。
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ハザードの特定 (Hazard Identification):
- 設計の初期段階から、考えられる全ての危険源(ハザード)とその発生シナリオを洗い出します。
- HAZOP (Hazard and Operability Study) は、プロセスの各ノードにおいて、「意図しない逸脱」がどのように発生し、どのような結果をもたらすかを体系的に検討するための有効な手法です。設計図書、P&ID、運転手順書などを基に実施されます。
- FMEA (Failure Mode and Effect Analysis) は、個々の機器や部品の故障モードがシステム全体に与える影響を分析する手法です。
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リスク分析 (Risk Analysis):
- 特定されたハザードについて、発生頻度(可能性)とその結果(影響度)を評価し、リスクのレベルを決定します。
- 定性的な手法(リスクマトリクスなど)や、定量的な手法(事故樹率分析 FTA: Fault Tree Analysis, 事象樹分析 ETA: Event Tree Analysis など)が用いられます。
- LOPA (Layers of Protection Analysis) は、特定の事故シナリオに対して、既存の独立保護層 (IPL: Independent Protection Layer) がリスクを許容レベルまで低減できているかを評価する手法です。安全計装システム (SIS: Safety Instrumented System) の設計にも関連します。
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リスク評価 (Risk Evaluation):
- 分析されたリスクレベルが、事前に設定された許容基準(社内基準、国内外の法規制、業界ガイドラインなど)を満たしているかを判断します。
- 許容基準を満たさないリスクに対しては、追加のリスク低減措置が必要となります。
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リスク低減措置の設計・実施:
- 固有の安全性の追求 (Inherently Safer Design): 可能であれば、ハザードそのものを排除または最小化する設計変更を行います。例えば、プロセス条件の緩和、危険物質の使用量削減、より安全な代替物質の検討など。
- 能動的安全対策:
- 制御・監視システム: プロセスパラメータ(圧力、温度、流量、濃度など)の異常を検知し、安全な状態に制御するためのシステム。安全計装システム (SIS) は、基本的なプロセス制御システム (BPCS) とは独立した保護層として機能します。
- インターロック: 危険な操作シーケンスを防止したり、特定の条件が満たされない限り運転を許可しないシステム。
- 受動的安全対策:
- 安全弁・破裂板: 機器や配管の過圧を防止。
- 緊急遮断弁: 危険物質の供給を緊急停止。
- 防爆構造電気機器: 可燃性雰囲気が存在する可能性のある場所での使用。
- 適切な換気: 漏洩した水素の滞留を防ぎ、濃度を危険範囲以下に保つ。
- 防液堤・ガス溜まり防止: 漏洩時の拡散抑制。
- 耐火・耐爆設計: 建屋や設備の構造的な保護。
- 緊急時対応:
- ガス検知・火炎検知システム: 漏洩や火災の早期発見。
- 消火システム: 水噴霧、泡消火設備など。
- 緊急避難計画、防災訓練。
- 運転・保守管理:
- 安全手順書の整備と遵守。
- 作業許可システム (Permit to Work)。
- 定期的な設備点検・メンテナンス。
- 運転員の教育・訓練。
- 変更管理 (Management of Change: MOC): 設計、設備、運転手順などの変更を行う際、その安全への影響を評価するプロセス。
関連する主要な安全基準と法規制
水素製造プラントの設計、建設、運用は、様々な国内外の安全基準や法規制に準拠する必要があります。
- 高圧ガス保安法(日本): 水素は高圧ガスに該当するため、設備の技術基準、製造・貯蔵・消費に関する許可、定期検査などが定められています。特定設備検査規則、コンビナート等保安規則、液化石油ガス保安規則(一部準用)など、関連法令は多岐にわたります。
- 建築基準法、消防法(日本): プラント建屋の構造、立地、消火設備などに関する規定。
- 国際規格:
- ISO 22734: 水電解装置の安全に関する規格。
- NFPA 2: Hydrogen Technologies Code(米国防火協会)。水素技術に関する包括的な安全コード。
- ASME B31.12: Hydrogen Piping and Pipelines。水素配管に関する設計基準。
- IEC規格: 電気設備や安全計装システムに関する規格。
- 業界基準、社内基準: 各企業や業界団体が定めるより詳細な技術基準や運用基準。
これらの基準は常に更新される可能性があるため、最新情報を把握し、プラント設計・運用に反映させることが不可欠です。特に大規模プロジェクトにおいては、国際的なベストプラクティスや、将来的な輸出入を考慮した際の国際規格への準拠も重要となります。
再エネ連携特有の安全上の留意点(深掘り)
前述の通り、再エネ連携は安全設計において新たな側面をもたらします。
- 変動対応の安全性: 電解槽の高速応答性が求められるPEM電解やSOEC電解では、運転状態の急変による機器への負荷増や、制御系の異常、水素・酸素混合ガスの発生リスクが高まる可能性があります。起動停止シーケンス、最小運転負荷、遮断インターロックなどの設計に、変動運転を考慮した安全マージンとロジックが必要です。
- 分散型プラント: 再エネ電源サイトに近接して分散配置される場合、遠隔監視・制御の信頼性とセキュリティが重要です。通信インフラの冗長化、サイバーセキュリティ対策は、従来の集中型プラントとは異なるレベルで検討する必要があります。また、複数サイトを管理する体制や、各サイトの緊急時対応体制も課題となります。
- インフラ連携: 電力系統、ガス導管、水素ステーション、産業顧客など、外部インフラとの接続点におけるインターフェースの安全確保が重要です。逆流防止、圧力・流量の異常検知・遮断、災害時の連携停止などの対策が必要です。
まとめ
再生可能エネルギー連携水素製造プラントの安全設計とリスク評価は、プラントのライフサイクル全体を通じて継続的に取り組むべき不可欠なプロセスです。初期のコンセプト検討段階から、詳細設計、建設、試運転、運用、そして最終的な解体に至るまで、各フェーズで適切なリスク評価手法を適用し、多層的な安全対策を講じることが求められます。
特に、変動性の高い再生可能エネルギーとの連携は、従来の定常運転を前提としたプラント設計とは異なる安全上の課題をもたらします。これらの課題に対して、技術の特性を踏まえたきめ細やかな設計、高度な制御・監視システムの導入、そして何よりも、安全文化の醸成と運転員への継続的な訓練が、安全で信頼性の高い水素サプライチェーン構築の鍵となります。プラントエンジニアリングに携わる技術者・マネージャーは、常に最新の技術動向、リスク評価手法、国内外の安全基準・法規制に精通し、現実的なリスクに対して実践的なアプローチで向き合う姿勢が求められます。